「全人類を愛せる薬」があったら飲む?

このTEDを一言で
「飲んだら誰でも愛せるようになる薬」があったら飲むか?——この問いに大半の学生が「No」と答えた。なぜ人は愛を求めるのに、愛を恐れるのか。哲学者がアリストテレスとイエスの「愛」の定義を比べながら、現代人に足りないものを指摘する。
講演者について
Meghan Sullivan(メーガン・サリヴァン)
ノートルダム大学の哲学教授。「よく生きる」をテーマにした講義が大人気で、「何千人もの若者を哲学で堕落させてきた」と自己紹介。
3つのポイント
1. 「誰でも愛せる薬」を、ほとんどの人が拒否した
講演の冒頭で、サリヴァンはこんな思考実験を投げかける。
「この薬を飲んだら、出会う人すべてを愛せるようになります。飲みますか?」
何千人もの学生に聞いた結果、圧倒的多数が「飲まない」と答えた。
特に印象的だったのが、クリスという19歳の学生の回答。「僕は夜、スマホを部屋の反対側に置いて寝てる。夜中に鳴ると『お母さんに何かあったんじゃ』と心臓がバクバクする。あの感覚をすべての人に対して感じるなんて、耐えられない」
つまり、愛は「いいもの」だとわかっていても、リスクと負担がでかすぎると感じている。人を愛するということは、その人を失う恐怖も引き受けるということ。それを全人類に対してやるのは、まさに「耐えられない」。
2. アリストテレスとイエスの「愛」は真逆だった
ここから哲学の話になる。サリヴァンは2人の思想家を比較した。
アリストテレス(2400年前のマケドニア) の考え:愛とは相手を「もう一人の自分」として経験すること。相手と自分の間の膜が溶けて、相手の美徳や成果が自分のものになる。でも逆に、相手の失敗や悪徳も自分に入ってくる。だから愛する相手は慎重に選ぶべき。
イエス(ナザレの哲学者) の考え:サリヴァンはイエスを「宗教家」ではなく「哲学者」として紹介した。「善きサマリア人」のたとえ話。道端で殴られて倒れている人を、2人が素通りする。でもサマリア人(その人の民族に敵視されている側の人間)だけが立ち止まり、介抱した。
古代ギリシャ語で、サマリア人の感情は**「スプランクニゾマイ」**と書かれている。「内臓が動いた」という意味。当時は愛の感情は心臓じゃなく腸にあると考えられていた。
違いはここ。 アリストテレスは「共有する美徳」が人と人の壁を溶かすと言った。イエスは**「弱さ」**が壁を溶かすと言った。
3. 「弱さを見せる」だけで、他人と深くつながれる
これが理論だけの話じゃないことを、サリヴァンは科学で裏付けた。
心理学者アーサー・アロンの有名な実験。初対面の2人に、だんだん踏み込んだ質問をさせる。「一緒に食事したい有名人は?」から始まって、最後は「家族の中で、亡くなったら一番ショックな人は?」まで。
結果:被験者の30%が、1時間以内に「親友や恋人と同じレベルの親密さ」を感じた。
弱さを見せ合うだけで、他人と深い絆が生まれる。アリストテレスが言う「美徳の共有」がなくても、イエスが言う「弱さの共有」だけで十分だった。
サリヴァンはこう言う。現代社会は**「倫理的な便秘」**状態。SNSや政治論争で毎日「全員を嫌いになる薬」を自分から飲んでいるようなもの。これを抜け出すのは、もっと良い議論でも、もっと距離を置くことでもない。弱さを通じて、つながることを学ぶしかない。
明日から使えるアクション
- 「弱さを見せる」を1回やってみる:完璧な自分を見せるんじゃなく、失敗談や不安を一つ話してみる。相手との距離が一気に縮まる
- 「嫌いな人」の弱さを想像する:苦手な相手にも「人生で殴られて倒れてる瞬間」がある。それを想像するだけで、見え方が変わる
- SNSの「全員嫌い薬」に気づく:怒りや嫌悪を感じるコンテンツに時間を使っていないか、意識してみる
感想
「愛せる薬があっても飲まない」という答え、正直自分もそうだと思った。愛するって嬉しいことだけじゃなく、失う恐怖をセットで引き受けるということ。全人類にそれをやるのは確かに耐えられない。
でも「弱さを見せるだけで30%が親友レベルの絆を感じた」という実験結果は衝撃だった。完璧な自分を見せて好かれようとするのは逆効果で、むしろ弱さを出したほうがつながれる。9分の講演なので、気になった方はぜひ。